2025年12月30日火曜日
秀吉ってやっぱかしこかったんだわ
2025年12月28日日曜日
「脱走したオオカミを捕獲 多摩動物公園内で」
2025年12月21日日曜日
チョコいる? あげる~
先日bb-geekに行ったときに、オーナーの姐さんが見てみてって連れてきたのがこの子。かわいい。リアルすぎて頭に産毛まで生えてるがすげーかわいい。
生きもののこどもは他の種族が見てもかわいい、守りたいと思うような共通の特徴があるらしい。40年前に学校で習った。
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| "左手のものは危ないからそこにおきなさい。将来、こわいおねえさんになるよ。" |
2025年12月3日水曜日
天津水市「がご」撲滅だより がごはん (5)
2025年11月12日水曜日
マンガ 「緑の予感たち 1」 千葉ミドリ/作
2025年10月24日金曜日
モスラがいた
朝、でっかくてめちゃきれいなガを発見。
羽はいたんでいたが、強い風が吹く中をしっかりと飛ばされないように、コンクリにしがみついとった。
いろいろなとこがふっさふっさで、手足がぷにぷにだった。これはゴージャスでかわいい。
撮った写真で検索かけると、「ヤママユ(ガ)」と出た。
モスラっぽいなあとは思ったが(モデルがお蚕さん)、まさかまさか。聞いたことはあったが初めて見れたんと、想像以上にモスラだったので興奮した。
撮った写真を職場で人に見せて回ったが、あまり賛同は得られなかった。え!? これはかわいいじゃろ。
そしてお昼ごろ。人が見るともうコンクリにしがみつくことはできず、歩道に転がってたそう。
夕方帰る頃は、あたりをきょろきょろ見たが、もう姿はなかった。
命は循環するもので自然のものなんだから仕方ないが、すこし悲しい気持ちになった。姿をちらとでも見られたことを幸運に思うようにしよう。
ヤママユの糸で織ったらどんな色なんじゃろう。
2025年10月19日日曜日
恐怖を禁じえない
息子が戦争ゲーみたいなのをしていたんじゃが。
ルンバの上で、ミニスカの姉さんが軽快に踊っていた。現代の戦争はげに恐ろしきと、われは恐怖を禁じえなかった(「がごはん」の蛇神さまふう)。
2025年10月15日水曜日
さよならごはん (1) 西 炯子/著
発売日 2025/10/9
こんなとこにタグかくれとった
2025年10月14日火曜日
わっちのケータイ もうだめっぽい
ないものねだりと、年取ると新しいものについて行けないとゆうお話し。
2年前に入手したf(x)tecのケータイ。物理キーボード付きというので大喜びで入手。以前持ってたSHARPのW−ZERO3のキーボードほどは相性合わんで、タイプミスも多かった。それでも長文をケータイで書かざるを得んとか時々あって、ワードやエクセル打ってるときはさすが物理キーだったっす。厚みあってもやっぱ物理キーがええのう。フリック入力って、なんすか?
カメラ性能が悪いとのネットの評判をみたが、じぶんには十分な画質で、けっこうマニュアル操作が使いやすかったので楽しかった。
そしてお気に入りとの2年はあっちゅう間に過ぎてさいきん。バッテリーの持ちが目にみえて悪くなってきた。なんとか一日は持つ。診断アプリで見ると3,000mAhあるはずの容量が1,000mAhと表示された。どーりで。そんかわり充電は異様に早くなったぞ。満充電までひとっとびだ。
とどめはアプリがかたはしからはじかれる(インストールできない)。Androidのバージョンが古いせいらしいんじゃが、最初っから入れられないならまだしも、使ってたアプリが突然起動せんくなるのはほんに悲しい。え”、こないだふつうに使ったじゃん!
と、ゆうわけで次のケータイを物色中。AIやゲームやカメラの性能…に興味なければ、全部同じに見えてしまうAndroidケータイ。おーこれはおもしろい、と輝いて見える機種が見つかるんでせうか。
なお、金ならない。予算は少ねえ、えっへん、ぐっすん。
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| 気に入ってたが、電子機器はしゃあないねへ |
2025年9月15日月曜日
第一部 "旅の仲間" マンガ"タワーダンジョン"5
タワーダンジョン(5)
2025年9月14日日曜日
ナイキだったころ
2025年8月20日水曜日
前門の虎、後門の狼
2025年6月8日日曜日
ドキュメンタリー映画 ”Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶”
へんてこな正義感や勝手なロマンがなく、映画は極めてニュートラルな感じで、とてもおもしろく、心にしみた。当時の日系社会、日系人が、「失われた日本人」に思えた。もうすぐ「忘れられた日本人」になりそう、ってなことを(言葉はこうでなかった)代表の方は思って活動が始まったそうです。
単純に礼賛でなく、女性の地位とか、沖縄の人への差別のこととか、ちくっと入ってるのがさらに誠実。
内地で加速度的になくなっていった伝統や美徳が、海外ではゆっくりな速度で、まだ残っとったんかなあ。ハワイ、ブラジル、ペルー。どこでも日本人は信頼されていたように思う。それを形作ってたんが一世、二世だったんでしょう。
取材を受けた方たちの人間性はもちろんなんじゃが、取材する人の誠実さ、謙虚さが重ねてぐー心に染みた。





