2014年2月11日火曜日

”ストリッパー”と ”ぼくらのフンカ祭”

 息子がセンター試験を受けてるあいだに、ヒマにまかせて中古で2冊、マンガを買ってみた。"ストリッパー"と"ぼくらのフンカ祭"。
 予備知識なかったんじゃけど、重なる部分と好対称な部分があって、2冊続けて読む分にはおもしろかった。発表された年代はずいぶん違うんじゃけど、読んだ後に、新しい、古いいじょうの後味のちがいがあった。
 あくまでトウのたったおっさんの読み方じゃけど。主人公たちと近いころに読んだら、もうすこし共感が先にたったかもしれない。

 ・高校3年生(思春期、青年期)
 ・世間(大人たち)への疑問や不信
 ・絵をかくこと

 "ストリッパー"は、世間、大人は汚れている、それに自分らは縛られている、と不満を持った若者が、"ぬっすんだバイクではっしりだ"す、ような話だった。当時もいまも、共感をよんで伝説となっているあのお方ですが、自分は、ヘドが出るほど嫌いです。とくに"卒業"とか。

 どうもこのマンガでは、絵をかくことが自分を表現することでなく、カタにはまってくこと、デッサンかいて美大を受験することだったんじゃないかと思ってしまう。世間の普通に従って大学に進学すること自体が苦痛だったんじゃないかと。
 それで世界をぶち壊す話になっちゃった気がする。実際には世界を壊すどころか、狭い世界で、小さくころころと転がっただけじゃけど。

 "自分が世界と折り合えないなら、自分がかわるか、世界をかえるしかない"

 正確な言葉を忘れてしまったが、マンガ"なる・たる"にそんな言葉があった。

 思春期、青年期はそんな過剰で偏った潔癖さがままあるもんだと思う。でも、(ダメな)おっさんになって思うのは、そんな二者択一は絶対なもんじゃなくて、いまいる世界から逃げ出すとか、ほかの方法もあるんじゃなかろうか。悪いヤツがいて自分らを苦しめているという考えも、どつぼにはまるだけと自分は考える。ある時期には固い正義の気持ちも必要ではあるが。

 喫茶店でこのマンガを読み終えたらため息が出た。その直後に、ちょうどセンター試験を終えてぞろぞろ出てくる学生たちに立ち会うという、ばつぐんのおまけまでついた。

 で、このはなし、長くなったので"ぼくらのフンカ祭"はつぎに続きます。





."ストリッパー"
山田 玲司 (著)
出版社: 小学館(ヤングサンデーコミックス)
発売日: 1994/12

"ぼくらのフンカ祭"
真造 圭伍 (著)
出版社: 小学館 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)
発売日: 2012/7/30

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