2011年9月27日火曜日

少年の 荒野はどこぢゃ?

 吉野朔実女史の"少年は荒野をめざす"は、自分にも多感な時期があったんだなあと、しみじみ思ってしまうような、大切なマンガ。

 はじめて読んだときも、もう中高生じゃあなかったけど、シンクロ率が異常に高くて、心がふるえた覚えがある。もう読んでて、苦しくて苦しくて。
 でも、つぎに読んだときには、まだ二十台じゃったけどもう当事者の見方じゃあなかったな。
 中高生の子がいるいま読んだらどうだろう。

 "少年は荒野をめざす"はわが家ん中でも一定の地位があって、本棚のよい場所(目立つとこ)をあてがわれている。

 中一の娘が、「(自分にも)読める?」と聞いてきたので、「意味わからんなら、わからんなりに読めるじゃろ」、と無責任な返事をした。
 で、ヤツは読みはじめた。

 さすがに中一じゃ無理かなと思ったが、「ひゃっぺん読めばわかるじゃろ」などと脳天気なことを言ってたんで、ほっといた。
 あまりに意味わからんかったら、さすがにつらくなって、読むのをやめるだろうと思ってた。

 そしたら、あっというまに終盤、5巻まで読んどった。なんゆうても早すぎる…。

 内容どんな?、と聞いてみると、低い声で「ムズかしい」とこたえた。

 どうやら、わからんのをそのままにすっとばして読んでいるらしい。登場人物の気持ちや心象が、などとゆうレベルではとてもなくて、話の筋自体把握してるかどうかきわめてあやしい。
 ようもまあ、そんな乱暴な読み方ができるもんだと、あきれるより感心した。

 いまのヤツの読解力では、ひゃっぺん読んでも、意味も気持ちもわからんだろう。わからんどころか、間違った読み方して毒かもしれない。読解力だけでなくて、心が成長してない、ゆうこともあるかと思う。体はでかくなったが、疾風怒涛の思春期には、まだまだなようだ。

 ほいじゃけど、自分もいま考えると、「意味わかるわけないじゃん、バカじゃないの。」てな本やマンガを、小中学生のころに読んでた(小学生で萩尾版"百億の昼と千億の夜"とか。)。とうぜん、まったくもって意味わからんのんじゃけど、ふしぎと頭のすみになんか引っかかってて、何年か後に作者や題名をさがしまくって、読み直したりしてた。

 わからんでも、間違った読み方しとっても、どっか頭のすみに残ってて、もそっと大きくなってから読み直してくれればいいな、と思っている。

 で、また性懲りもなく読めもせんような本やマンガを読ませようとしむけるんじゃけど…。

少年は荒野をめざす 1‐6巻(完)
吉野 朔実/作
集英社 ぶーけコミックス(1986‐1988年)

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